1.日銀国債保有残高減少
フィナンシャルタイムズは2014年以来初めて日銀がインフレ見通しを修正したということを報じました。日本のインフレは、米国、欧州に比較すると、大きくはないためこれまであまり報じられていませんでしたが、フィナンシャルタイムズに報じられるということは、世界も日本のインフレや金融政策に目を向け始めているということでしょう。
インフレを懸念して中央銀行が金融緩和を終了し、利上げに向かっていくのが2022年です。米国のFRBは2022年3月でテーパリングを終了させるとして、現在、国債購入を減らしています。そして、市場に向けて、テーパリングの開始と終了をはっきりと伝えています。
それに対して、日銀はどうか?を今回は見ておきたいと思います。
テーパリングとは次のように定義されます。
中央銀行が超金融緩和状態から抜け出す過程で採用する出口戦略の一つで、量的緩和策による資産買い入れ額を徐々に減らしていくことを指します。英語表記「tapering」の日本語読みです。英語の「tapering」は「先が細くなる」「徐々に減らしていく」という意味です。
日銀は2021年13年ぶりに国債の保有残高を減らしました。2021年2月には8カ月ぶりに月間で国債購入額が7兆円を割り込みました。3月の金融政策決定会合では「より効果的で持続的な金融緩和を実施するための点検」をし、その月末にはオペによる購入予定額を前の月から5500億円減額すると発表しました。つまり、日銀は2021年11月からテーパリングを開始したFRBよりも早く、資産購入額を減らしていたのです。
日銀が公表した2021年末の国債保有残高は521兆円で、前年比14兆円のマイナスとなっています。年間で国債保有残高が減少するのは白川方明・前総裁時の2008年以来のことです。
日銀は今も「量的・質的緩和」と銘打って2%目標の達成に向けて量を重視する姿勢を崩していません。黒田日銀総裁は2013年に「2年程度を念頭に」2%目標を達成すると意気込んでおられましたが、結果は9年近く経過しても「相当遠い」と黒田総裁本人が発言するのが実態です。
日銀は密かに量的緩和の軌道修正をしているわけですが、これは、おそらくこれ以上の量的緩和による副作用を懸念してのことと思われます。ただ、日銀が量的緩和の軌道修正を進められるのは、購入量を減らしても金利を低く抑えられているためです。日銀が購入していない分は、年金基金や保険会社などが購入しているのです。
国内の運用難は続いており、10年債で0.1%程度という超低金利でも買い手がついています。市場では日銀の金融緩和の大幅な修正は当面ないと見られており、金利上昇(国債価格は下落)への警戒感はほとんどありません。国債は担保としても利用するため、民間金融機関が減らし過ぎた国債を買い戻している側面もあります。
日銀の量的緩和の軌道修正は、日銀自身の財務リスクを抑えるためでもあると思われます。日銀の国債の保有量は黒田総裁就任前の12年末(113兆円)と比べ4.6倍に膨らんでいます。年間で前回減少した08年末の残高は63兆円でした。
仮に2%目標を達成して利上げを進める局面になれば、民間金融機関に支払う当座預金の金利が保有国債から得られる金利収入を上回る逆ざやに陥るリスクを孕みます。2021年はインフレ対応で米欧中銀が相次いでテーパリング(量的緩和の縮小)を決めたのですが、日銀は別の事情からもっと早くからテーパリングに着手したのです。
では、なぜ日銀は表面的には量的緩和策の継続をうたいつつ、実質的に量的緩和策から脱却を進めるのかを次に考えます。
2.日銀が市場に内緒でテーパリングを始める理由
本来ならテーパリングを始める段階で中央銀行は市場に対してその方針を示す必要があります。米国では、それが実践されていて、米国の中央銀行のFRBは2021年11月からテーパリングを開始しており、2022年3月には量的緩和策を終了すると公表しています。
しかし、日銀が「テーパリングを開始する」と公表してしまうと、アベノミクスの否定になってしまうのです。この言動はできないということなのです。
2017年以降、日銀は国債購入のペースを落としており、2020年には「年間80兆円をメドにする」という長期国債の買い入れ目標を撤廃しています。表向きはコロナ危機に対応するために国債購入の上限を無くしたということになっていますが、実際に日銀がとった行動は、国債購入額の増額ではなく、減額でした。日銀としてはアベノミクスが失敗したということにならず、事実上のテーパリングができたことは、良かったと考えているのではないでしょうか。
ただし、このひっそりと行ってきたテーパリングは、このまま「そっと続ける」というわけにはいかない事情が出てきました。全世界的にインフレが進行してきたからです。
インフレが進む中、その対策として、テーパリングに続き、金利上昇が起きてきます。既に先進国の中でも英国は利上げを実施しました。早ければ、FRBも3月にテーパリングの終了と共に金利を上げてくる可能性があります。少なくとも今年は3回の利上げが予定されています。
各国が金利を引き上げる中、日本だけが金融緩和の継続、超低金利が継続すれば、円安がさらに進行します。現在、円安基調が続いており、年初には1ドル=115円を超える場面がありました。
円安が進行していることで、輸入物価指数も急上昇しています。輸入物価が上昇すると、日本でもインフレが進行します。すると、最終的には金利が上昇するということになってしまいます。
3.日本における金利上昇がもたらす弊害
日本において、金利が上昇すれば、その弊害は大きいものがあります。政府は既に約1000兆円の債務を抱えており、金利が上昇すれば一気に利払い負担が増加します。仮に日本の金利が1%に上昇すれば10兆円、2%に上昇すれば20兆円の利払い費に最終的に到達します。(国債は少しずつ償還されて、現在の低金利の国債が消え、金利上昇の国債にすべて入れ替わるまでに約9年かかります)
2%に金利が上昇すると、政府の利払い費20兆円に対し、税収は約60兆円ですから、税収の約2/3が利払い費となってしまいます。そうなれば、政府の財政状況は破綻状態になるのが目に見えます。
さらに金利上昇は経済活動にも影響を与えていくでしょう。借入をしている中小企業は、現状は今の低金利で借りています。しかし、今後、金利が上昇すると、借り換えをする際には、支払利息が増加します。ただでさえ苦しい経営が利払いで圧迫される可能性が出てきます。
そして、最大の問題は住宅ローンです。超低金利が長く続いていますので、住宅ローンを組んでいる人のほとんどが変動金利です。変動金利の場合は、金利が上昇すれば、当然のことながら、利払い費が増え、返済金額が上昇します。返済が困難となる人も出てくると思われます。住宅ローンの変動金利は激変緩和措置もあるので、突然利払いが増加するわけではありませんが、最終的に返済すべき金額は大きく増えます。
そうなれば、市場の冷え込みがあり、日本経済にとっても打撃となります。
そして、何よりも怖いのは、バブル崩壊以降、金利が上昇するという局面で仕事をしてきた人たちが非常に少ないということです。平成からの低金利時代に仕事をしてきた世代は、誰も金利が上昇するということを体験したことがありません。高金利の時代に働いたことのある世代は既に大半がリタイアしているのです。
金利上昇は決して日本政府や日銀の政策だけで勝手に決めることはできません。超金融緩和をこのまま継続すれば、円安が進行し、インフレ率が上昇し、結果として金利も上昇します。現状のままでも金利上昇は避けられないと思われます。かといって、テーパリングを宣言すれば、これもまた金利の上昇要因となります。
日銀は2022年、世界が金利上昇を進める一方で、どのような手を打ってくるのか、目が離せない「今」です。
本日はここまで。
ありがとうございました。
宮野宏樹