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ノルド・ストリーム2で揺れるドイツの新政権

ノルド・ストリーム2で揺れるドイツの新政権

 

フィナンシャル・タイムズに再三にわたって、ノルド・ストリーム2を巡る記事が出ています。その中で、今回はメルケル後の新政権が直面している政権内部の問題を含めて、ドイツ新政権の問題を見ていきます。

1.ドイツ政権の今

16年間続いたメルケル政権が終わり、ドイツ社会民主党(社民党、SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党連立の新政権が2021年12月発足しました。ドイツの新首相はオラフ・シュルツ氏(63歳・男性)、そして、発言や行動が注目されているのが、緑の党のアナレーナ・ベアボック氏(41歳・女性)とロバート・ハーベック氏(52歳・男性)です。

この新政権の目下の難題が、天然ガスの調達を巡るパイプラインの問題です。ドイツは天然ガスの調達をロシアからパイプランを通じて行っています。

ドイツは脱炭素を推進するため、石炭よりも炭素排出量が少ないガスを活用する構想を描いています。そのため、ロシアからの天然ガスが命綱となっています。昨年、ノルド・ストリーム2という新しいパイプラインが完成はしていますが、承認されておらず、稼働もしていないという現状があります。

 
(出展:日経新聞)

ノルド・ストリーム2はロシアとドイツを直結する海底パイプラインです。2021年9月に完成はしています。

もしも、このパイプラインを通じて、ロシアから天然ガスを調達するようになったドイツは、今以上にロシアへの依存度を高めてしまい、有事の際にロシアに強く出ることができず、欧州全体がロシア抑え込まれてしまうことになります。米国はそれを恐れています。

また、ドイツとロシアがこのプロジェクトで膨大な利益を得ることにもなり、米国はNATOに力を入れてロシアの脅威から欧州を守る必然性があるのか、という問題もあります。

さらに、東欧諸国はロシアの力が増すであろうパイプラインの増強には反対で、西欧諸国もドイツに天然ガスの供給源を握られることには拒絶反応を示しています。かくして、ドイツは国際社会から批判を浴びることとなっており、このパイプラインを何が何でも稼働させたいのはドイツだけという状況です。

ドイツ政権内部も割れています。社民党(SPD)は伝統的にロシア寄りと言われており、2011年より稼働している最初のノルド・ストリーム2を稼働させたのは、当時の社民党(SPD)のシュレーダー首相でした。

そして、現シュルツ政権も世界情勢に配慮しながらも、パイプラインの稼働に向けて腐心しています。このパイプラインは以前にも増して重要性が増しています。理由は欧州での天然ガスの価格の急騰です。

ドイツは12月31日に残っていた6機の原発のうち3基を計画の通りに停止しました。脱炭素、再生可能エネルギーへと邁進するドイツは原発を停止し、再生可能エネルギーでエネルギーが賄えるようにまで、天然ガスに頼らざるを得ません。原発3基の稼働停止によって、年間30TWhの電気が減ることとなります。万が一、これから迎える厳冬において、エネルギー不足が起こると大変なことになります。ドイツでは集中暖房にガスが利用されていることが多く、エネルギー不足、あるいはそれによる停電などが起これば、政権は吹き飛ぶことになるはずです。

ロシアからの天然ガスが欲しいドイツではありますが、政権内部は一枚岩ではありません。連立政権のパートナーである緑の党がパイプラインに猛反対しているのです。クリミア半島を併合したことは人権を侵害していることであり、そのような国と関係を密にすることはあり得ないことだと主張しています。

このように、政権内部で主張が対立しているのが、現在のドイツの政権内部です。

2.ウクライナ問題が絡み合い、問題が複雑化


現在、ノルド・ストリーム2の問題を複雑にしているのが、ウクライナ問題です。

ウクライナは旧ソ連です。ロシアとウクライナは旧ソ連の一部であり、いわば兄弟のような国です。しかし、その旧ソ連の遺産ともいえる密接な関係は、離れていっています。

旧ソ連圏において、ソ連を構成する15の共和国が鉄道、石油、ガスパイプライン、電力網などのインフラで密接に結ばれていました。しかし、1991年にソ連邦が分裂すると、各国は国民国家の枠内での経済建設にこだわり、にわかに「国境」が重みを増すようになります。既存の輸送インフラも、仮に経済的には合理的なものであっても、隣国との政治的対立で利用されなくなっていきました。

その典型的な例がロシアとウクライナの関係です。密接な接続性が切り離されている最中ですが、未だ活用され続けている輸送インフラもあります。その代表格が天然ガスのパイプラインです。ロシアはウクライナ・ルートからの脱却を図ってはいるものの、2018年~2019年の時点で、欧州向けガス輸出の40%以上が依然としてウクライナ領のパイプラインを経由して供給されています。

もしも、ノルド・ストリーム2が稼働すれば、ウクライナ経由の陸上パイプラインは不要となり、ウクライナは膨大なトランジット料を失うことになります。ここにまずドイツとウクライナの利害の不一致があります。ドイツは強硬に反対するウクライナを、手を変え、膨大な補償まで約束してなだめています。しかし、ウクライナは自分たちの利害を守るために、ドイツの要求を簡単には飲みません。

恐らくウクライナのゼレンスキー大統領がドイツに出している要求は、EU、あるいはNATOへの加盟でしょう。しかも、早期の。もしも、NATOに加盟できれば、ロシアの脅威から集団的自衛権で守られます。

しかし、ロシアにとって、ウクライナは「レッドライン」です。もしも、ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアのすぐ隣までNATOが進出してくることとなり、丸裸も同然です。

現在、ウクライナとロシアの国境には、ロシア軍10万人が集結しています。この状況をNATO側の米国も無視することはできません。そのため、米国のバイデン大統領、ロシアのバイデン大統領との駆け引きが行われているのです。

ただし、ドイツはというと、既にロシアの天然ガスへの依存度が高すぎて、ロシアに対して強い姿勢には出られない状況です。

1月10日にはジュネーブで、米ロ両国の外務副大臣による協議が持たれ、12日には舞台はブリュッセルへと移り、2年ぶりにロシアを交えてのNATOの会議が開かれました。ウクライナの軍事的緊張の緩和へ向けた協議となっています。

しかし、協議の末に、NATOのストルテンベルグ事務総長は、「欧州に新しい軍事紛争が起こる真の危険が存在する」と述べており、未だ解決への糸口は見えていません。

3.ドイツのインフレ危機

ドイツの2021年12月の消費者物価指数(CPI)は前年比で5.3%上昇しました。前月11月を上回り、1992年6月以来、約30年ぶりの高い伸びを示しています。


(出典:Trading Economics/インげています。ドイツの生産者物価指数(PPI)も前年比で19.2%上昇し、10月の18.4%に続いて、2カ月連続で1951年以来の大幅な上昇を記録しました。そして、エネルギー価格は前年比で49.4%上昇しています。

ドイツは通常、電力・ガスの契約は1年ごとに更新されますが、ドイツの約420万世帯の今年の電気料金が平均63.7%上昇し、360万世帯のガス料金は62.3%値上がりする見通しです。(ロイターより/1月5日付け)石炭及び天然ガスを燃料とする発電所の調達コストが上昇したことや、再生可能エネルギーの生産量の減少がその理由です。

ドイツにおけるノルド・ストリーム2は、天然ガスの調達コストを下げるために是が非でも稼働させたい問題ですが、ウクライナ問題の解決は容易ではなく、このままいけば、ドイツのエネルギーコストは高値のままとなり、ドイツの産業にも大きな影響を与えます。

さらに、ドイツの小売の売上高は昨年の後半からインフレ率を下回っています。インフレの進行は経済成長がそれを上回っていれば、問題ありません。しかし、経済成長率がインフレ率を下回っているドイツは、好調だった経済が景気後退に陥るリスクが高まっています。

かくしてドイツの新政権は政治的にも経済的にも困難な船出となっており、このノルド・ストリーム2問題はドイツだけの問題ではなく、ドイツの景気後退が鮮明になれば、欧州、米国、日本も無傷では入れらないはずです。

ドイツの状況は、ウクライナ情勢とも直結しており、ロシアやウクライナの動きからも目が離せません。

本日はここまで。

参照:https://on.ft.com/3rkzbJA (FINANCIAL TIMES/Russia pipeline fuels German coalition split as Ukraine tension rises)

宮野宏樹

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