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米・欧・露のウクライナを巡るそれぞれの事情と思惑

2021年前期EU天然ガスの調達先

1.欧州の事情

ウクライナ情勢において、実は最も過敏になっているのは欧州ではないでしょうか。欧州はエネルギー価格が高騰しており、しかもエネルギー源の中でもロシアからの天然ガスの輸入依存度が非常に高い。ウクライナ情勢の緊迫化は、欧州のエネルギー価格問題でもあります。

ロシアのウクライナ再侵攻が現実味を増す中、米欧は経済制裁の準備を加速させています。ロシア経済の根幹である資源分野への制裁も見据え、対象拡大や内容の強化を視野に入れています。

しかしながら、ロシアは天然ガスで世界2位、原油で3位の生産量を占める資源大国であり、欧州にとってはエネルギーの源でもあります。制裁によってロシアを調達先から排除するには大きな壁が立ちはだかります。

エネルギー分野への制裁は、天然ガスの供給減少や停止といった「報復」を招きかねません。EUの天然ガスの調達先はロシアが46.8%と圧倒的です。

欧州の天然ガスの在庫は22日時点で貯蔵能力の43%となっています。1年前との比較では約14ポイント、過去5年平均でも約15ポイントそれぞれ低くなっています。ロシアからの供給が遮断されるようなことがあれば、天然ガスの在庫が枯渇することもあり得ます。

2021年前期EU天然ガスの調達先

2021年前期EU天然ガスの調達先

 

特にドイツは、ロシアが欧州への輸出を止めれば、その脆弱さがあらわになります。ドイツは20年前から原子力発電の廃止を段階的に進めており、近年は二酸化炭素(CO2)排出量削減の取り組みとして石炭への依存度引き下げに動いています。こうした対応は、ドイツが現在、他の大半の欧州諸国よりもロシア産ガスに大きく依存していることを意味します。それは暖房用だけでなく、発電用についても言えます。

そして、ドイツは先進国の中で最も高い部類のエネルギー価格に直面する中、国内最後の原発3か所を閉鎖します。さらにドイツのすべての石炭火力発電所は2038年までに閉鎖される予定になっています。

過去何十年にもわたってロシアから安価なガスの安定供給が続いてきたため、歴代のドイツ政権は、より高価な液化天然ガス(LNG)を米国やカタールなどの主要輸出国から輸入するためのインフラ設備を全く建設してきませんでした。ドイツには現在、自前のLNGターミナルは一つもありません。

これらの要因によってドイツはロシア産ガスの世界最大の買い手となりました。EU統計局によれば、EU諸国のガス輸入に占めるロシア産の比率は平均で40%前後です。しかし、ドイツは50%以上となっているのです。

原発の段階的廃止と脱石炭政策によって、この比率はさらに拡大すると見られます。ロシアからドイツへ天然ガスを運ぶパイプライン「ノルドストリーム2」は昨年完成しており、現在は運転開始に向けドイツ当局の正式承認待ちの状態にあります。

シンクタンクの欧州対外評議会(ECFR)の上級ポリシーフェロー、グスタフ・グレッセル氏は「ドイツは原発と石炭火力発電所の段階的廃止を同時に進めるという決断によって、ロシア産ガスに全面的に依存する状態になっており、ロシアがエネルギーを武器として活用する可能性に対して脆弱になっている」と述べています。

ドイツ、フランス、ロシア、ウクライナの各国高官は26日、ウクライナ東部紛争の解決に向け、パリで協議しています。協議後の共同声明で「意見の不一致を減らす努力を続ける」ことで合意したと表明しました。交渉は2週間後に再度ベルリンで行われる予定です。

欧州の事情はロシアへの天然ガスの依存度が高いことに難しさがあります。もしも、ロシアがウクライナに侵攻し、西側諸国が経済制裁に踏み切れば、ガスのパイプラインの蛇口は締まります。つまり、欧州はエネルギー危機。ロシアに強く出過ぎることができないのが欧州のアキレス腱です。

2.米国の事情

2022年1月24日の記者会見で米国防総省のカービー報道官はウクライナ周辺の東欧地域に最大8500人規模の米軍を派遣する準備に入ったことを明らかにしています。

カービー氏は「米国や同盟国、パートナーを損なうロシアの行動に対し、国益を守るため断固として行動する」と述べています。NATOの即応部隊は米国を含む加盟国による4万人ほどの多国籍軍で構成すると説明しました。バイデン大統領の指示を受け、オースティン国防長官は派遣準備命令を発令しています。

NATOが派遣する東欧諸国の対象としては、ウクライナと国境を接するポーランドやルーマニアなどが想定されます。米メディアによると、ロシアや隣国ベラルーシに隣接するエストニア、ラトビア、リトアニアに送る案もあるようです。

そして、26日にはブリンケン国務長官が記者会見で、緊迫するウクライナ情勢に関するロシアの提案に文書で回答し、ロシアが求める北大西洋条約機構(NATO)不拡大の確約を正式に拒否したと明らかにしました。

この背景にあるのは、2019年2月のウクライナの憲法改正に遡ります。その改正において、将来的なEU、NATO加盟を目指す方針が明記されたのです。

その後2019年5月にゼレンスキー大統領が就任。親EU路線をとりつつ、ロシアとも対話の用意があると表明し、2020年7月にウクライナと親ロシア武装勢力との間で停戦合意が実現していました。ところが、2021年に入ってから停戦違反が増加し、死傷者が相次いでいました。

その後の2021年4月、10月以降、ウクライナとの国境付近でロシア軍の増強が確認されていきました。

NATOの盟主である米国は、もし、ウクライナが加盟を希望すれば拒絶するわけにはいかないでしょう。それは、そのままロシアに屈服することを意味します。ウクライナがNATOを拒否しているのであれば、話は別です。そうではなくて、ウクライナ側の希望があることが前提の米国側の「東方不拡大停止の拒否」です。「東方不拡大停止」の要求を呑むことは、米国の威信にかかわる問題であり、受け入れることはできない問題となります。

そうなると、ロシアも要求が吞まれないので、侵攻していくでしょう。そして、バイデンが失言したように、米国側も「ロシアはウクライナに侵攻することを予想」しており、また想定もしていると思われます。米国側の経済制裁にロシア側が怯むことはないと思われます。

例えば、制裁にはドルの供給停止などが盛り込まれるでしょうが、ソ連崩壊時であれば、非常に「効いた」制裁かもしれません。しかし、今のロシアはそれに向けた準備もしてきました。したがって、そこまで困ることはない。さらにエネルギーの輸入停止の制裁は、欧州がある限り、できない、むしろ困るのは自陣ということになります。ロシアからの供給が止まることを想定した代替先確保の交渉に入っているようですが、そう簡単なことではないでしょう。

したがって、米国には打つ手が弱いという事情があります。しかも、前述のようにドイツのエネルギー事情からすると、ドイツは反ロシアに全面的に舵を切ることはもはやできないのが実情です。

米国は世界的な立場をこのウクライナ危機によって、示すことができていない。しかし、打つ手がないのが現実です。

3.ロシアの事情

ロシアのプーチン大統領は西側のNATOの不拡大などを要求し、米欧に具体的な対応を迫っています。米欧側からは制裁措置を警告して自制を求めていますが、ロシアは強硬姿勢を崩していません。

ロシアは2021年12月に米国とNATOに対して欧州安全保障に関する合意案を提示しました。NATOの東方拡大停止の他、東欧からの事実上の撤収、核兵器や短・中距離ミサイルの国外配備の禁止、米国はバルト3国を除く旧ソ連諸国に軍事基地を設置しないといった内容を盛り込み、文書で法的に保障するよう求めました。(前述の通り、米国は拒否)

なぜ、ロシアはここに来て、NATO不拡大の法的保証を要求し始めたのでしょうか。

ラブロフ外相が1月の記者会見で語ったのは「我慢の限界に達したから」でした。その会見では米欧がNATO不拡大の約束を破って中・東欧諸国を加盟させ、軍事インフラや軍事基地を東方に展開してきたと批判しました。「NATOが我々の国境とじかに接することは絶対に容認できない」と述べ、旧ソ連圏のウクライナなどの加盟を断固阻止する立場を強調しました。

米欧の「約束違反」はこれまでプーチン氏が何度も言及。かつてドイツメディアと会見した際には、旧西独で東方外交を主導した政治家の故エゴン・バール氏が90年、ソ連側に「軍事機構としてのNATOは中・東欧に拡大してはならない」と断言していたとする「未公表」の会談記録まで持ち出していました。

NATOの東方拡大は実は、2004年の旧ソ連のバルト3国などの加盟を含め、ほとんどがプーチン政権下で進みました。当時はロシア側に対抗手段がありませんでした。しかし、現在はウクライナの軍事的緊張をあおれば、米欧はロシアを無視することができません。プーチン氏のプライドや責任から、「現状を修正し始めようとしている」のではという見方がでてきています。

もう一つ重要な視点がプーチン氏が求心力を拡大させたい意図があるということです。プーチン氏は14年春にウクライナ領クリミア半島を併合し、国民の熱狂的な指示を集めました。しかし、近年は「併合効果が薄れ、政権の正当性を訴える要素がほとんどなくなっている」という現実があります。ここにきて米欧にNATOの不拡大を要求し始めたのは、政権が新たな目標を掲げて、求心力を維持しようとする思惑も大きいように見えます。

旧ソ連のカザフスタンでは、燃料価格高騰への不満に端を発した暴動のあおりで、長期独裁後も院政を敷いていたナザルバエフ前大統領が失権し、完全引退を余儀無くされました。

24年春に実質4期目の大統領職の任期切れを迎えるプーチン氏は、一昨年の憲法改正で再出馬の権利を確保しました。カザフスタンの騒乱を受け、同氏が院政ではなく、大統領続投を選択する公算が大きくなりつつあります。政権側が再選戦略の柱に据えようと、NATOの不拡大をはじめとする欧州安保の問題を持ち出した可能性も否定できません。

ロシア側はウクライナのNATOの加盟はレッドラインであると宣言しています。侵攻も十分にあり得ます。そして、NATO側も新規加盟を希望する国々の権利を封じるようなNATO不拡大の要求に応じることはないでしょう。協議は難航し、長期化が予想されます。プーチン氏もそれを前提に戦略を組み立てていると思われます。

そして、「限りなく真実味はあるが、永遠に実現しない脅威」(メドベージェフ氏)をつくり、米欧と対峙する大国ロシアの存在感を内外で誇示し続けるのが本音とも言われます。

プーチン氏の戦略に妥協はないでしょう。そのため、解決することのない緊張として、長期化していくことは間違いなさそうです。すると、欧州のエネルギー問題はくすぶり続け、欧州のインフレは止まりません。

また、脱原発、脱石炭、石油のエネルギー政策に対する疑問も持ち上がります。この問題はただの政治的、軍事的緊張だけではなく、エネルギー問題、そして、エネルギー価格の高騰から来る経済の問題にも波及していく、世界で最も重要な問題の一つであるといえます。

今後もウォッチしておかなければなりません。

本日はここまで。

ありがとうございました。

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